SAG-Jコラム

高齢者の定義への提言に関する感想

神戸大学名誉教授 / 小田利勝

1月6日の朝日新聞朝刊の一面トップに、とてつもない大きな活字で「高齢者『75歳から』提言」とありました。日本老年学会と日本老年医学会が、その提言を5日に発表したとのことです。両学会の発表について、皆さんは、どういう感想をお持ちでしょうか。

不思議なことに、紙媒体でデカデカと報じられたのに、各種ポータルサイトのニュース欄には、同様の記事が見当たりません。それはともかく、私には全く解せないというか、違和感のある提言だと思います。もっと言えば、軽率で勇み足と言いたいほどです。

ご承知のように、これまで65歳以上を便宜的に高齢者と呼び習わしてきたのは、あくまでも人口統計学上の年齢区分として「老年人口」を65歳以上としてきたからです。人口の年齢構造を国際的に比較する際に65歳以上を老年人口と操作的に定義したものにすぎません。「老人福祉法」や「高齢者の医療の確保に関する法律」、「介護保険法」では、適応対象を65歳以上とか75歳以上と年齢で区分していますが、“この法律で老人とは”とか“ この法律で高齢者とは”という形式で老人や高齢者を年齢で定義してはいません。あくまでも行政上の都合で年齢区分しているだけです。古代の律令制度の下でも、「老」を「61歳以上65歳(のち各1歳引下げ)」(広辞苑) としていましたが、これも、行政上 の都合からでした。この辺りのことは、『生活問題の社会学』(学文社、1995年) 所収の 拙論「高齢化」で触れたことがあります。

今回の提言は、相対的に“ 年齢が高い”ことを漠然と言い表していた「高齢者」という一般用語を「医学的な立場から」年齢で定義するという“ 歴史的勇断” というか“歴史的断行”の挙に出た意図は何だったのでしょうか。報道によれば、医師や心理学者、社会学者らでつくるワーキンググループの長は、「社会保障制度をめぐる今後の議論に影響を与える可能性について」の記者の質問に、「高齢者の定義を変えることで、社会福祉などがネガティブな方向に動いてほしくない」としながらも「あくまで医学・医療の立場からの提言で、国民がこれをどうするかは別の問題」と話したという。心理学者や社会学者もワーキンググループのメンバーだったようですので、その人たちは、「医学・医療の立場からの提言」にどのように関わったのでしょうか。詳しく知りたいものです。

「ネガティブな方向に動いてほしくない」というのであれば、今回のような提言はすべきではなかったのではないか、と私は思います。日本老年学会と日本老年医学会という権 威ある学会の提言が与える影響の大きさを重々承知していないはずはないので、「国民がこれをどうするかは別の問題」と言い捨ててしまうことはできないのではないでしょうか。

今後は、日本老年学会と日本老年医学会における研究発表では、「高齢者」という場合には「75歳以上」を指し、「65~74歳」は「准高齢者」を指すことになるのでしょうか。それ以外の年齢層を「高齢者」と呼ぶような研究は認められないということになる のでしょうか。応用老年学会会員の皆さんのご意見を拝聴したいと思います。

PageTop